「坂井君、彼女とか、欲しいと思わないの?」
彼が気分よく酔ってきた頃を見計らって、僕はそう切り出した。坂井君とは、野本さんほど親しくないから、いきなり核心をついた話題を振る勇気はいくら僕でもなかったし、雰囲気を探りながら、話題をコントロールする事にしたのだ。
「今のところはあんまり興味ないっすね~」
「どうして?モテるだろ?」
「全然っすよ、俺、金ないっすもん」
「金だけがすべてじゃないじゃん」
「そうかもしんないですけど、少しは金持ってないと遊びに行く事もできませんしね」
確かに。
「雄太は、バイクに金かけすぎなんだよ」
野本さんがそう口を挟む。
「そうだよなぁ、なんたってハーレー乗りだもんなぁ」
僕も野本さんの発言に乗る。
「その、ハーレーって言うのはそんなに高いの?」
普段バイクにあまり興味を示さない妻も、僕と野本さんの発言を聞いて興味を持ったようで、そう訊ねる。
「そりゃ高いさ~、ハーレーだもの」
説明にならない僕の説明。どうやら僕も少し酔いが回って来たらしい。
「いくらくらいするの?そのハーレーって言うやつ」
尚も興味を示す妻。
「そうだなぁ、たぶん孝介の車と変わらないくらいするんじゃないかなぁ」
野本さんが綾乃にも解りやすい的確な説明を加える。
「えぇ!?車と同じくらいするの?じゃあ、車の方が良いんじゃないの?」
(あ、それを言っちゃあ・・・)
そう思った時は遅かった。
「それは違うんっすよ、奥さん」
坂井君がハーレーについて語り始める。
彼に限らず、世の中のハーレー乗りは自分のバイクに強い拘りを持っている人間が多いものだ。
「俺なんて、ハーレーに給料の殆どを捧げてますからね、それくらい魅力的なんですよ」
(別に坂井君のバイク自慢を聞きたい訳じゃないんだけどな・・・)
延々と続く彼のバイクに対する拘り。
僕はそんな話題は望んでいなかったけど、自分の想像よりはるかに高価なバイクの話を、綾乃は素直に聞いて「へぇ」と感嘆の声を時折あげる。
「少しくらい飯が食えなくても、キレイなオイルを入れてやりたいって言うか・・・」
綾乃が素直に話を聞くものだから、益々気分よく語りだす坂井君。
(こりゃ、どっかで話題を修正しないと、今日はバイク自慢で終わっちゃうよ)
僕はそんな事を思いながらも、彼の話を頷きながら聞いていた。
※※※
話題を修正するチャンスは、坂井君がバイクについて語りだして10分ほどでやってきた。
「だから、俺、カッコつけてる訳じゃなくて、本気でバイクが恋人くらいの気持ちで生活してるんす」
彼の口から「バイクが恋人」と言う、ライダーにはありがちなセリフが飛び出した。
(今だ!)
「そうは言っても恋人だって欲しいんじゃないの?」
僕はこの気を逃すまいと、バイクの話題から恋人・・・つまり女性の話題に転換を試みる。
「そうっすね~、でも、今まで付き合った彼女とかも、なかなか俺のバイク好きは理解してくれなかったですし、解ってくれない彼女なら、いなくても良いっす」
「でも、物理的に困る事もあるだろ?」
「物理的?」
「そう、身体的って言うか、つまりアッチの方とか・・・さ」
僕は話題を露骨に性的な方向へ向けた。勿論、意図的にそうした訳で、坂井君以外の2人、つまり野本さんと綾乃には、僕の魂胆は見え見えだっただろう。
「アッチって、なんすか?」
なかなかと鈍い坂井君。
様子を見る限り、惚けている風でもないから、本気で解らないのだろうと思う。
「だからさ、飯だの何だのは彼女がいなくてもどうにかなるけど、セックスの相手がいなかったら欲求不満になるんじゃないかなって思ってさ」
「あ、そう言う事っすか・・・」
「そう、坂井君は若いから、そう言うの困るんじゃないかなと思って」
チラリと妻を見る。
話題がいよいよ、そう言う方向へ向いた事を感じとって、彼女はピンと張りつめたような空気を纏っている。
さらに野本さんへ視線を向けると、彼は彼で気まずそうに酒を口に運んでいる。
「いや、別に困らないですよ、そんなの」
「そう?でも、溜まる事はあるだろ?男だもの」
「そりゃ、まぁ」
「そう言う時はどうしてんのさ」
「いや、それは、ちょっと・・・」
さすがに綾乃の前でその方法を口にするのはマズいと思ったのか、チラっと妻へ視線を向ける彼。
「別に恥ずかしがる事ないよ、みんな同じさ、男なんて。ね?野本さん」
「ん?ん~、まぁ・・・な」
気の無い返事の野本さん。
「けど、そんなに若いのに、オナニーだけじゃ処理しきれないんじゃないの?」
「そんな事も・・・ないっすよ」
バイクについて語っていた時が嘘のように口が重くなる坂井君。
「ナンパとかして、適当に処理しちゃうとか?坂井君モテそうだもんなぁ」
「いや、マジで、そんな事ないですって」
「じゃあ、風俗かい?」
「そんな金ないって言ったじゃないですか、そんな所に行った事ないですよ、俺」
「まさか、童貞って事ないだろ?」
「そうじゃないですけど・・・ま、あんまり経験豊富ではないっすね・・・って何言わせるんですか!」
「あはは、ごめん、ごめん、若いのに大変だろうなぁと思っただけさ」
「俺にはバイクがあるから大丈夫ですよ」
そういって笑う坂井君。
(いってみるかな・・・)
ここまで彼と話をしてみて、これならば綾乃の相手にしても良いと感じた僕。
それに話が妖しい方向へ向いても、嫌そうな素振りもないし、この流れで、もしかするといけるんじゃないか・・・と直感する。
「じゃあ、最後に女性を相手にしたのは、随分前ってことになりそうだね」
「まぁ、軽く1年以上は経ってますね・・・って、もう良いじゃないですか、その話は」
「いや、坂井君さえ嫌じゃなければ、ウチで抜いて帰れば良いのにと思ってさ」
「え?」
「だから、溜まってるなら、ウチで抜いてから帰ると良いよ、何なら泊まっていっても構わないよ?まぁ、明日は午前中のうちに子供を婆さんの家まで迎えにいくから、早い時間に叩き起こすけどね」
冗談っぽく、そう切り出したけれど、内心ドキドキものだ。
何しろ、ついに核心に迫る発言をしたのだ。
「抜くって・・何言ってんすか」
「帰る前に、ウチの奴に抜いてもらってから帰れば良いじゃん」
つとめて軽い調子で言う僕。
「はぁ?何言ってるんですか、奥さんに怒られますよ」
そこまで話を聞いて、完全に僕にからかわれていると感じた様子の坂井君。
「さすがにセックスまでさせるのは気が引けるけど、口で抜いてもらうくらいならいいよ?」
さらに軽く、当たり前だろ?とでも言うような調子で続ける僕。
「ちょっと、マジで・・・何を・・・」
「坂井君がイヤなら無理強いはしないけどさ」
「嫌とかそう言う事じゃ・・・」
「でも、俺が言うのも何だけど、ウチのやつ、口でするのちょっと上手いよ、今まで坂井君が相手にしてきた女性よりは上手いと思うんだけどな」
「・・・・・」
この辺まで来て、どうやら、僕が本気だと言う事に少しずつ気が付いたらしい彼。急に無口になってしまった。
「俺、そろそろ帰るけど、雄太はどうする?奥さんにお願いするのか?」
野本さんが腰を上げながらそう言った。いや、言ってくれた。
僕が話を切りだしたら、彼は帰る。それが約束だったけど、その前に坂井君の背中を押してくれる約束も前もってしていたのだ。
「いや、俺・・・」
「お願いしないなら、一緒にタクシー乗って帰ろうぜ」
「はぁ・・・」
あまりの事にどう行動すべきか即断できないらしい坂井君。
「帰るの?せっかくだから、抜いて帰れば良いのに」
「あ、いや、でも・・・」
「綾乃も・・・坂井君に口でしてあげるくらいなら構わないよな?」
僕はそう言いながら綾乃に視線を向けた。彼女がどういう行動に出るか解らなかったけれど、彼に最後の決断をさせるには、綾乃の参加は不可欠だと思ったのだ。
「なぁ、綾乃、坂井君に・・できるだろ?口で」
じっと彼女の顔を見つめる僕。
真顔で僕に視線を投げ返す彼女。
しばらく僕の表情を見た後で、綾乃は諦めたように小さく頷く。
「いいよね?できるだろ?どう?」
「頑張る・・・」
僕に押し切られる形で、小さな小さな声で、綾乃はそう呟いた。
「マジっすか・・・」
一言だけ、綾乃に負けないくらい小さな声で呟いた坂井君を置いて、野本さんは1人でタクシーに乗り込んだ。
≪
前へ /
次へ ≫
Information