僕が女性の中に・・・と言うか姉の中に避妊せずに射精したのは始めてだった。僕には姉以外の女性経験がないから、当然、生まれて初めて・・・と言う事だ。
僕は不勉強のせいで、生理の日の女性には何をしても妊娠しないと思っていたから「危険性は低くともゼロではない」と姉に聞かされてからは、気が気じゃなかった。
「きたよ・・・ちゃんと・・・」
だから、姉が両親の目を盗んで「生理がきた」と教えてくれた時には心の底から安心した。
(良かったぁ・・・)
僕は夕食の後で、自分の部屋のベッドに仰向けになって天井を見上げたままでそう思った。
だが、心の中は複雑な気持ちだった。
(いつまで、周囲に隠れてコソコソとしなければいけないのだろう・・・?・・・)
僕等は姉弟だから、普通に考えるとその答えは「一生コソコソしなければならない」だ。
親類縁者、ご近所、両親の知り合いや友人・・・それらの人達は、僕たちが姉弟で恋人同士のような関係にあると知ったら受け入れてくれるだろうか?
(無理だよな・・・)
少なくとも、僕の知る叔父や叔母、祖父母がこの事を知ったら卒倒するだろう。
勿論、両親だって・・・。
そんな事を考える機会が最近増えていた事も、今、僕の顔に絆創膏が貼ってある原因だ。
僕は生まれて初めて、今日、他人を殴った。
理由は簡単だ。
どこかで、僕と姉が腕を組んで歩いているのをソイツが目撃して僕をイジり倒したからだ。
僕は普段友人を自宅に連れてくる事なんか少なかったし、姉の顔を知っている友人もそんなには多くなかったが、そいつはその数少ない中の1人だった。
今にして思えば、そいつにも悪気があった訳じゃないだろう。
ただ仲良く腕を組んでいる姉弟を目撃しただけで、まさか身体の関係まであるとは思っていまい。
しかし、姉との明るい将来を見いだせないままで悶々としていた僕にとっては、そいつが冗談半分に囃し立てる「シスコン」とか「姉が好きだから彼女出来ないんじゃないの!?」と言った的を射た言葉が、心に突き刺さるようだったのだ・・・。
殴れば殴り返される・・・それでこの有様と言う訳だ。
この一件が学校の先生の耳に入らなかったのは不幸中の幸いだ。
大学受験を迎えた大切な年に、喧嘩騒ぎなどと言うのはあまり好ましくあるまい。
その変わり、両親にはクドクドと怒られた。
「あんたはこの大事な時期に何してるの!?」
「どんな理由があったか知らないが、他人に手を上げると言うのは感心しないな・・・」
父と母が代わる代わるそう説教した。
そうしてから、開放後にようやく夕飯にありついて、今、自室に戻ってきたと言う訳だ。
――コンっ、コンっ
ドアをノックする音が聞こえた。
父でもやって来たのだろうか。
良いだけ説教した後で「お父さんも昔はな・・・」等と言う中学生日記みたいな展開はごめんだ。
「ん~・・・」
とは言え、今部屋に入ったばかりでいきなり眠ったふりと言うのも不自然だし、僕は不機嫌に返答するしかなかった。
――ガチャっ
「ケンカ・・・したんだってね・・・」
しかし、部屋に入ってきたのは姉だった。
「あ~・・・姉ちゃんか・・・」
「珍しいね・・・翔太がケンカなんて・・・」
「まぁね・・・」
「ここ・・・痛む・・・?・・・」
姉は僕の左頬に貼ってある絆創膏をそっと指でなぞりながらそう言った。
「いや、そんなに痛くもないよ・・・何か爪でも当たったらしくて、少し傷ついただけだよ・・・」
「そっか・・・」
姉はそれだけ言うと、僕が寝転がるベッドの端に腰を下ろして座った。
僕に背を向ける形で座っているので、どんな表情をしているの解らないが、姉はそれっきり無言のままだった。
「どうしたの・・・?・・・」
僕は無言に耐えきれずに姉にそう訊ねた。
「どうして・・・ケンカしたの?・・・お友達と・・・」
姉は逆にそう訊ね返してきた。
「それは・・・」
僕は真実を伝えようかどうしようか迷ったが、姉に嘘はつけなかったから、正直に事の顛末を話した。
「そう・・・やっぱり・・・」
「やっぱり?」
聞けば、先日一緒に映画を観に出かけた時に、姉は見た事のある顔の男の子がずっとコチラを見ているのに気が付いていたと言う・・・。
「ごめんね・・・あの時、お姉ちゃんが腕なんか組んでたから・・・」
「違うよっ!姉ちゃんのせいじゃないよ」
「でも・・・お姉ちゃんと腕なんて組んでたから、翔太・・・バカにされたんでしょ?」
「そんな事っ!・・・姉ちゃんのせいじゃないって・・・」
見ると、姉はポロポロと涙を零していた。
「姉ちゃん・・・泣かないで・・・姉ちゃん・・・」
「うん・・・ごめんね・・・ごめんね・・・」
それでも姉の大きな眼からは涙がとめどなく流れた。
階下では両親が動き回る音があれこれ聞こえていたが、僕はそんな事には構わずに姉を力いっぱい抱きしめた。
「姉ちゃん・・・姉ちゃんのせいじゃないから、だから・・・泣かないでよ」
「でも・・・」
姉は僕の胸に顔を伏せたままだったけど、涙が止まらないようで、僕に顔を見せないようにしがみ付いていた。
何でこんなに悲しい思いをしなければならないんだろう?
ただ、好きになった人が姉だったと言うだけで・・・。
ただ、好きな人と腕を組んで歩いただけで・・・。
ただ、それをたまたま知人に見られただけで・・・。
ただ、それだけなのに・・・。
僕は堪らなくなって、僕の胸に顔を埋めたままでヒックヒックと泣き続ける姉を引き離し、涙でグチャグチャになった顔に唇を近づけて額にキスをした。
それから、その唇を移動させて、彼女の唇に重ねる。
涙で濡れた唇は、少ししょっぱい味がした。
※※※
次の日、登校した僕は、素直に暴力を振るった事を相手へ詫びた。
相手も、少しバカにし過ぎたと言って詫びかえしてきた。
クラスの連中は、普段粗暴な様子のない僕が突然暴れた事に驚きはしいたようだが、こうして当人達が仲直りをして以前のように教室で話をするようになると、やがてその出来事は記憶から薄れて行ったようだった。
でも、僕の中にはこれがキッカケで一つの考えが浮かぶようになっていた。
それは、このまま一生姉が好きだと言う事を隠し続けて生きて行く事は出来ないと言う事・・・それに、堂々と自分は姉が好きだから、一生、この人と生きて行きたいと胸を張って言うべきだと言う気持ち・・・。
(何も悪い事をしているつもりはない・・・)
そう思ったのだ。
勿論、世間一般的には近親相姦など言語道断であってはならない事かもしれない。
僕等と同世代の子供を持つ親世代にには「何が悪い事をしているつもりはない」だと言って怒られるかもしれない。
でも、僕は正直に・・・何も恥じる事なく生きて行きたいだけ・・・姉と生きて行きたいだけ・・・それだけなのだ。
しかし、僕は高校生だ。
しかも、今から大学受験を迎えようと言う、いわば庇護された立場だ。
周囲から猛反発にあっても、姉を好きでい続ける自信はあるが、彼女を守れるだけの力がない。
その事がもどかしい。
高校卒業と同時に働いて、姉と2人で生きて行く事も考えないでもなかったが、現実問題としてこの不景気の最中、それは簡単な事ではない。
でも、僕はこの時に心に決めた。
大学を出て・・・きちんと就職したら姉と2人で家を出よう。
そして、姉が好きだと言う事をきちんと両親に話そう。
きっと両親は悲しむだろうし、とんだ親不孝者になってしまうだろう。
でも、そうしないと僕等は一生、他人を誤魔化し続けて生きて行かなければならない。
僕は他人を誤魔化して生きて行く事に罪悪感を感じるほど良い人間ではないけれど、先日のように、それが原因で大好きな人を悲しませるような事だけはしたくない。
だから、いつかきちんと周りの人に説明しよう・・・例え解ってもらえなくても・・・姉以外のすべてを失ってしまうとしても・・・そうしよう。
僕は誰にも話はしなかったが、心にそう決めていた・・・。
≪
前へ /
次へ ≫
Information