階下から卑猥な音は聞こえなかった。
ただ時折、身体を動かしているらしい身動ぎの音が聞こえるだけ。
それでも階下の無言は、行為が進行している事を示している。
「なんか、ごめんなさい、私が余計な事言っちゃったからかな・・・」
しばらくの沈黙の後で妻の声が聞こえた。なぜだか、野本さんに謝っているようだ。
「あ、いや、そんな事ないよ、気持ち良いよ・・・すごく」
「でも・・・あんまり」
(あんまり?あんまり・・・何なんだ?)
「いや、ちょっと調子悪いって言うか・・・」
「やっぱり私が変な話しちゃったからですよね・・・すいません」
「そんな事ないよ、奥さんは悪くないってば」
「あの・・野本さんが悪い訳じゃないですから・・・だから気にしないで・・・その・・・」
「うん、ありがとう」
そうしてしばらく無言になる階下。
「やっぱり、気持ち良くないですか?」
「いや、気持ち良いよ、マジで・・・すごく」
「でも・・・あんまり」
2度目のあんまり・・・でようやく階下で起こっている事を悟った。あんまり・・・の続きは「あんまり、硬くなってない」或いは「あんまり、勃ってない」と言うことだろう。
思いがけず綾乃の口から訊いたシリアスな話が精神的に影響しているのか、どうやら野本さんの勃ちが悪いらしい。
「も少し、深く咥えられる?」
野本さんが言った。
妻からの返答は聞こえない。聞こえないが・・・。
「あぁ、そうそうそう・・・ちょっと強めに吸って・・・あぁぁ」
野本さんの呻き声で、妻が彼の言う通りの行動をとっている事を知る。
――チュポっ
これまでにない大きな音がした。彼の希望に沿って、強めにモノに吸い付いた結果、どうしても音が出てしまったのだろう。
――チュポッ
「あぁ、気持ちいい・・・」
――チュパッ
それからも単発的に聞こえる卑猥な音。こうして2階で2人の行為を盗み聞きするようになってから初めて聞く音だ。
「ちょっと・・・待っててください」
突然、妻がそう言った。
(どうしたのかな?)
そう思っていると、突然、僕のズボンのポケットで携帯が震えた。慌ててそれを手に取ると、液晶には「綾乃」の文字。どうやら階下から僕に電話したようだ。
(危ねぇ・・・)
もしも、携帯をバイブにしていなければ、モロに着信音が響いて、扉を開けている事がバレたに違いない。
僕は静かに扉を閉めてから、電話に出た。
「もしもし?」
「あ、私・・・」
「どうした?終わったの?」
まだフェラチオの真っ最中である事は知っているのに、白々しくそんな事を言ってみる僕。
「ううん、まだ・・だけど・・・その・・・」
「どした?」
「音楽・・・かけて」
「え?」
「2階のコンポで音楽聞いてて」
「どうして?」
「どうしても・・・」
なるほどと思う。今日の野本さんは勃ちが今一つだから、彼を果てさせようと思ったら、妻も本気のフェラチオをせざるを得ない。そうしないと終わらないのだ。
ところが、それをしてしまうと、どうしても卑猥な音が部屋の中に響いてしまう。行為が激しくなれば、それは断続的に響く事になるから、2階に居る僕の耳にも聞こえるのは必至だ。
(音楽をかける事で、僕の耳にその音が届かないようにしたい訳か)
「いいけど・・・」
僕としても、本当は「そんなのフェラチオのエッチな音が聞こえなくなるからイヤだよ」と言いたいところだけど、そうもいかない。大人しく彼女の指示に従う事になった。
※※※
とりあえず音楽プレーヤーをコンポにセットして再生した。プレーヤーには千曲近くも入っているから、さすがにこれが全部再生し終える前にコトは終るだろう。
(しかし・・・困ったな・・・)
予想通り、音楽のせいで階下からは卑猥な音どころか、2人の話声も聞こえない。何をしているのか雰囲気すら悟れない。後で撮影された映像を見れば解るのだが、もう、それでは満足できない事は自分でも解っている。
(仕方ない・・・部屋を出るか)
このままでは、自宅に留まっている意味がない。
妻に見付かったら、今度こそお終いだと言うリスクはあったけど、僕は部屋を抜け出て、自室前の廊下で階下の音を聞こうと決めたのだ。
ウチの居間は半吹き抜けになっていて、自室から出れば、そこは天井を居間と共有しているような作りだから、階下の音ぐらいは聞こえるだろう。
(今だっ!)
僕は曲と曲の合間に静かに扉を開け、部屋の外へ出た。それから、再び静かに扉を閉める。閉めるや否や、次の曲が再生され始めた。
(あ、危ない・・・)
曲の途中で扉をあけると、どうやったって、階下へ漏れる音の質や音量が変わるから「扉を開けた」とバレてしまう。それを考えて素早く曲と曲の合間に廊下へ出たのだ。
――チュッ、チュっ・・・
ホッとしたのも束の間、僕の耳にすぐさまそんな音が聞こえた。
妻には部屋で再生する音楽の音量まで指定されていなかったけれど、近所迷惑にならない程度に大きめの音量で再生していた。
当然、その音は階下で口淫に耽る妻の耳にも漏れ聞こえているはずで、それが聞こえている間は、大抵の音を出しても僕には聞こえないだろうと安心しているようだった。
――チュッ・・・チュプっ
聞き慣れた妻のフェラチオする時の音・・・。
「あ、おぉ・・・」
野本さんの呻き声。すぐ近くで聞こえる音楽がじゃまだったけれど、隔てるものが何もなくなった空間では、そうした音を聞き取る事が出来た。
――ピチャ・・・チュっ、チュっ
この音は男根に舌を這わせ、唇で茎に吸い付いているのだろう。何十回も何百回も彼女にフェラチオしてもらってきた僕だ。音でもある程度の事は予想できる。
「あぁ、奥さん、やっぱ・・・ずごい上手・・・」
――チュパっ・・・チュっチュパッ・・・
舐めてはしゃぶり、しゃぶっては舐め・・・そんな行為が目に浮かぶような卑猥な水音・・・。
「あぁぁ、気持ちいい」
呟くような野本さんの感嘆の声。
前回の行為では聞かれなかった、いやらしい口淫の音が僕を興奮させる。僕は、すぐさま前回と同じような興奮に襲われて、ズボンの中で硬くなっている自分のモノにそっと触れる。
――チュパっ、チュパッ・・・
しかし、人間と言うのは・・・もとい、僕はどうしようもない男だ。
こんなにも近くで、妻が僕以外の男にフェラチオしてくれている・・・しかも、それは決して進んでしている訳でなく、僕が望むから・・・僕の異常性癖を満足させるためだけにしている行為だ。
その行為の最中である事がハッキリと解るような卑猥な音。それも近くで聞いている。
前回まではそれで十分に満足していた。
(ちょっとだけ身を乗りだせば、フェラチオしている妻の姿を見る事が出来る・・・)
今、僕が居るのは2階の廊下だ。何度も言うがウチは半吹き抜け状態になっているから、廊下から少し身を乗りだせば居間が見える。
つまり、野本さんにフェラチオする妻の姿を見る事が出来るのだ。
(バレない・・・よな)
仮に僕が2階の廊下から、身を乗りだすようにして階下を覗いたとして、位置関係的にソファに座る野本さんには正面になるけれど、その野本さんにフェラチオしている妻は、当然彼と向かい合っている事が予想される訳で、つまり妻の背中側から覗く形になる。
(野本さんには気が付かれるかもしれないけれど、妻にバレる危険性は低い)
その位置関係が、僕の背中を押す。
(もう音だけじゃ満足できないし・・・な)
僕は少しだけ躊躇ったけど、俯せになって歩伏前進しながら、階下が覗ける位置まで移動する。ズボンの中でガチガチになった男根が床に擦れて邪魔だ。
バレてしまうのではないかと思うと、呼吸する事も躊躇われるような異常な空間の中、僕はようやく居間でコトに及ぶ2人の姿を見下ろせる位置まで辿りついた。
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