…安定期?~前編~…
「良い家じゃないか・・・ここに決めても良いんじゃないか?」
「そうね・・・日当たりも良いし、それにスーパーも近くて助かるわ」
「この物件はお買い得だと思いますよ。前のオーナーさんが新築で建てて3年しか住んでいませんからね」
僕は目の前で家の中を見渡す若い夫婦に向かって言った。
「3年ですか・・・まさか、訳あり物件と言う事はないでしょうね」
若い夫・・・と言っても僕とそう年齢も違わない男が振り返ってそう言った。
「まさか!最近はこうした物件が私どもの所に入ってくるのは珍しくないんですよ。ローンを組んで家は建てたけど、折からの不況でリストラや減給の憂き目にあって支払能力が無くなる・・・そうして家が売りに出されるんです」
「この家もそうした物件なんですか?」
「ええ・・・ですから、この家の中で何かお客様が心配なさるような不幸な出来事があったと言う事は絶対にありません」
「それなら良いじゃない・・・予算の範囲内だし、場所も悪くないわ」
「そうですね・・・この辺りは最近開けてきた新興住宅地ですから、お客様のようなお若いご夫婦もご近所にたくさん居ますよ」
僕はこの家を購入したそうにしている妻の方へ狙いを付けて、畳み掛けるようにセールストークを展開した。
本当の所は、この不況で家などなかなか売れない。
中堅不動産会社に勤める僕としては、何とかこの物件を売りたかったのだ。
「いかがでしょう?・・・ご契約頂けますか?」
「ふむ・・・何件か見せてもらったけど、ここが一番良いようだし・・・契約は後日でも構いませんか」
「もしご印鑑等お持ちでなければ構いませんが、一応手付けと言う形で現金を納めて頂いておりまして・・・」
「現金ですか?」
若い妻が驚いて僕を見た。
家など買う事はそうそうないから、こうした仕組みも知らなかったのだろう。
「いくらでも構わないんです。1万円でも2万円でも・・・後日契約が成立した折にはお返ししますし・・・お客様の気が変わってご契約頂けなかった時のお守りみたいなもので・・・」
「1万くらいなら今出せるだろう?」
「ええ、そのくらいなら・・・家の手付金って言うから、大金かと思って驚いちゃった」
まだ20代も前半だろう、その若妻はペロリと舌を出して可愛らしく小首を傾げる仕草でそう言った。
(可愛い奥さんだなぁ・・・男が羨ましいぜ・・・)
この家を案内して回っている時から、可愛らしい顔と程よい肉付きで抱き心地の良さそうな身体をしたこの若妻に、僕は少々、お客様に対してしてはいけない妄想に耽っていたのだ。
(しかし・・・人妻じゃな・・・どうしようもない)
僕は卑猥な妄想を中断して、手付金を頂戴するとこのご夫婦に領収書を渡してから会社へ戻った・・・。
※※※
「おいっ!この間売った中古住宅・・・浴室の水が出ないと苦情が来てるぞっ!」
僕は上司にそう呼びつけられた。
つい先日、あの家は無事契約を交わして引き渡したばかりだ。
「水回りの苦情は厄介だぞっ、すぐ言ってこいっ!!」
僕は上司にそう言われて、すぐに車をあの家へ走らせた・・・。
―――ピンポ~ン
つい最近まで自分が鍵を持っていた家のチャイムを鳴らすのも変な感じだが、すでにこの物件はあの若い夫婦の物だ。
僕は静かにチャイムを押すと、中の反応を待った。
「はい~・・・」
「あっ・・・お風呂の水が出ないと伺って来たのですが・・」
「今開けま~す」
インターホンからは、あの若妻の声が聞こえた。
その声は弾むように明るくて、まずは彼女が怒っていない事に安心する。
――ガチャ
「おまたせしました。良かった、来てくれて・・・1人でどうしようかと思ってたんです」
「お1人なんですか?」
「ええ・・・今日はお引越し前に少しずつと思って・・・私1人で来たんです」
見ると、この家への引っ越しはまだのようで、小物が少し搬入されているだけで、まだ人が住める状態になっていない。
「せっかく来たからお掃除だけでもして帰ろうと思ったんですけど、バケツに水を入れようとしたらお風呂場の水が出なくて・・・」
「ご不便おかけして申し訳ありません。ちょっと見せて頂いて構いませんか?」
「ええ、お願いします」
僕はガランとした家の中に入って真っ直ぐに浴室へ向かった。
浴室の中もガランとしていて、ここへ来る途中にでも購入したのか真新しいバケツと雑巾が置いてあるだけだ。
「ああ、奥さん・・・これじゃあ水は出ませんよ」
「え?」
「ほら・・・ここ、元栓が閉まっているでしょう?」
「そ、そこをあけるだけなんですか?」
「そうですよ、それだけで水が出るようになります」
「ご、ごめんなさいっ!私・・・何にも知らなくて・・・こんな事でお呼びたてして・・・」
「いいんですよ、仕事ですから・・・しかし、一応元栓を廻して水を出してみましょう。万が一出なかったら困りますしね」
僕は内心、やれやれと思いながらも営業スマイルのままでそう言った。
―――キュッキュッ
まだ新しい家の元栓はそんなに力を入れずとも簡単に廻る。
そうして僕が元栓を全開にした時だった・・・。
―――ザザァ~っ、
「きゃあっ!!」
勢い良くみずが出る音と一緒に、若妻の悲鳴が聞こえた。
僕は驚いて悲鳴が聞こえた方へ視線を向ける。
「あっ、奥さんっ・・・大丈夫ですか!?」
そこにはずぶ濡れになった女性が1人立っていた。
水が出ない事に焦って、色々と1人で弄り回したのだろう。
蛇口は「シャワー」に切り替えられていて、水がきちんと出るかどうか見守っていた若妻はその真下に居たのだ。
しかも悪い事に蛇口は「開」の位置になったままだった。
僕が元栓を開いた途端に、シャワーから水が出て、彼女はずぶ濡れになったと言う訳だ。
「す、すいません・・・大丈夫で・・・」
僕がそう途中まで言った時、目の前の人妻は信じられない行動をとった。
突然、来ていたTシャツを脱いで、赤いブラジャー姿になったのだ。
それから、目の前にあった雑巾・・・とは言っても未使用だからきれいなタオルと同じ訳だが・・・それでお腹や背中の辺りを丹念に拭き取る・・・。
「お、奥さん・・・」
「ご、ごめんなさい・・・こんな格好で。あの・・・私、今妊娠してるんです・・・もう安定期に入ってるんですけど、でもお腹を冷やすと良くないので・・・」
「に、妊娠!?」
僕は大変だと思った。
シャワーの水は思い切り冷たかったはずだ。
それを全身に浴びさせてしまった・・・妊婦に。
「た、大変だっ・・・び、病院へ・・・」
僕はこれ以上ないくらいに狼狽える。
僕は独身だし子供もいない。
だからかもしれないけど、妊婦に冷たい水をかけてしまった事に動揺していたのだ。
「大丈夫ですよ・・・そんな慌てなくても・・・うふふ・・・」
目の前の若妻は、狼狽える僕を見て、優しい笑顔になって言った。
「で、でも・・・」
「言ったでしょ?もう安定期だからそんなに心配いらないんです。念のため・・・その程度ですよ」
「し、しかし・・・そうだ・・・僕、今からコインランドリーにでも行ってきますから、着替えてください」
「着替えなんて持ってきてませもの・・・それにTシャツ1枚くらいでコインランドリーなんて勿体ないわ」
彼女はそう言ったが、僕は万一の事があったらと思うと気が気ではない。
何かしなければ・・・そう思ったのだ。
「じ、じゃあ・・・僕のYシャツを・・・これを着てください、奥さんのTシャツが乾くまで」
「大丈夫ですよ・・・」
「大丈夫じゃないですよ・・・そんな下着だけの格好でお客様を放っておく訳にはいきません・・・だから・・・お願いしますっ」
「そうですか・・・?」
僕の必死の形相を見て、若妻は僕の申し出を受けてくれた。
僕は大慌てでYシャツを脱いで彼女へ渡す。
「Tシャツを・・・やっぱり乾かしてきますから」
「大丈夫ですって・・・うふふ・・・今日は天気も良いから、その辺に干しておけば30分くらいで渇きますよ・・・コインランドリーへ行くより早いわ・・・それより・・」
「それより・・・?」
「その・・・ブラジャーもびしょ濡れなの・・・あっち向いててくださる?」
「す、すいませんっ!」
僕は慌てて振り向いた。
背後でプチッとブラジャーのホックを外す音がした。
それから、僕のYシャツを着ているのだろう・・・ゴソゴソとした物音。
「もう、いいですよ・・・」
彼女がそう言ったから、僕は振り向いた。
そして息を飲む。
赤いブラジャーと濡れたTシャツを手にした彼女・・・上半身にはサイズの大きな僕のYシャツを纏っている。
期待してそうした訳ではないが、真っ白い僕のYシャツからはうっすらと彼女の乳房が空けて見える。
「ちょっと・・・大きいみたい・・・ふふ・・・」
そのエロティックな自身の姿に気が付いていないのか、彼女はそのままの姿で外へ出ようとする。
「お、奥さん・・・どこへ・・・」
僕はそんな姿で外へ出ようとする彼女へ声をかけた。
「下着とTシャツ・・・外に干してこようと思って・・・」
「そ、それは・・・僕がやりますから・・」
「で、でも・・・」
そこまで言って気が付く、僕が干す為には彼女は自分のブラジャーを僕に手渡さなければならない・・・さすがに恥ずかしいだろう。
「そうだ・・・2階にバルコニーがあるから・・・そこに干すと良いですよ」
僕は一生懸命考えを巡らせてからそう言った。
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