「来週の土曜日、お義母さんに孝太を預けられないかな」
ある日の夜、夕食の後片付けをする妻の背中越しに僕はそう声をかけた。
「・・・え?」
ずっと以前から、それこそ野本さんとの情事を楽しんでいた頃から、子供を義母に預けると言う事は、つまり子供がいては不都合な事をすると言っているようなものだから、綾乃は「ついに来たか」と言うような表情で振り向いて僕を見た。
「孝太を預ける事が出来るなら、坂井君を呼ぼうと思うんだ」
深刻で重苦しい空気にならないように、僕は軽い調子でそう付け加える。
「・・・訊いてみる」
一言だけそう返答する妻。明らかに坂井君と「そう言う事」をするのだと言う事を意識している。
「うん、頼むよ」
「・・・解った」
心なしか元気がないのは、やはり緊張のためだろうか。
「あ、それからさ」
「なに?」
「俺、今回は外出するから」
「外出?」
「そう」
「どういうこと?」
「綾乃も薄々気が付いてると思うけど、来週は坂井君と最後までして欲しいんだ」
「・・・・・」
「そうなるんじゃないかと思っていたでしょ?」
「・・・・・うん」
いくら鈍くても、妻は野本さんの時に、一度同じような経験をしている。週末に子供を預けて、坂井君を呼ぶと言えば、当然、そうした事になるだろうという予測くらいは出来るだろう。
「だけど、坂井君と綾乃がしてる最中、俺は又、マンガ喫茶にでも行こうと思って」
「どうして?」
不思議そうに訊ね返す妻。
「どうしてって・・・綾乃は坂井君としてる所を俺に見られるの嫌でしょ?」
「それは、そうだけど・・・また、ビデオに・・・撮るの?」
「いや、それもいらない」
「え?じゃあ、なんで・・・」
それじゃあ、何のために坂井君とセックスしなければならないのか。
彼女はそう訊ねた。当然の疑問だろうと思う。
そもそもが、僕の変態性欲を満たすために始めた事である。それなのに、その一部始終を一切僕は見ようとしない。おまけに野本さんの時のように録画して見る事も望まない。
妻にしてみれば、じゃあ何のために?と言う疑問は至極当然の事なのだ。
「後で、坂井君や綾乃から、感想を聞くよ」
「感想?」
「そう、どんな事したとか、どう感じたとか・・・そんな話」
「・・・・・」
「それとも、近くで見学してて良い?」
「ヤダっ・・・それは・・・イヤ・・・」
「でしょ?そりゃあ、正直言ったら、近くで見ていたいけど、綾乃も嫌がるし、今回は2人から話を聞くだけで我慢するよ」
「今回はって・・・1回だけの約束じゃ・・・」
「それは、綾乃が気持ち良くなかったらって話でしょ?坂井君とするのが、すごく気持ち良かったら、2度目があっても良いでしょ?」
「そんな・・・だって・・・」
「それとも、坂井君とするのは気持ち良くないと思う?」
「・・・・・」
「どうなの?」
「・・・孝介と・・・する方が気持ち良いもん」
「そんなのやってみないと解らないじゃん」
「・・・わかる」
「どうして?」
「・・・・何となく」
「それじゃ、答えになってないよ、まぁ、とにかく、この話は後にしようよ、ね?」
「・・・・・うん」
最初は、僕も2人の行為を間近で見ようと思っていた。もしも、綾乃が嫌がるようなら、最低でも録画して楽しもうと決めていた。
しかし、今回は間近で見る事は止めようと決めた。ただ、録画はする。ただし、録画している事は綾乃には内緒にする。つまりは盗撮・・・と言う事だ。
このことは、坂井君が初めてウチに泊まった・・・つまり、綾乃が坂井君にフェラチオした、その晩から決めていた。
(俺が見ていない方が、綾乃が淫らになるかもしれない)
それが理由だった。
本当は、何度か身体を重ねた上で、2人が多少なりとも慣れた頃に盗撮する方が、より淫乱な妻の姿を拝むことが出来るかもしれないけれど、それだと、ずっと目の前で2人の行為を見ていたのに、急に「見なくてよい」と言いだす事になって不自然だ。
だから、初回から、それを試す事にした。
とは言っても、さすがに坂井君には盗撮している事は言っておく必要がある。彼を信用していない訳じゃないけれど、彼の性癖がどんなだかも解らないし、優しいセックスをする男なのか、乱暴なのか・・・そんな事も解らない。
綾乃の安全を考えると「盗撮している」と伝える事は一つの抑止力になると考えたのだ。
(まぁ、大丈夫だろうけどね)
けれど僕は、彼らを2人きりにする事に然程心配はなかった。そもそも、そんな乱暴な奴に見えないし、あの晩の、綾乃にフェラチオされる様子を見ている限り、そんな特別な性癖の持ち主とも思えなかったからだ。
こうして僕は、野本さん以外の男・・それも僕らよりも数段若くて逞しい男に妻を抱かせる準備を整えた。
※※※
「じゃ、俺、出かけてるからさ、終わったら、坂井君でも綾乃でも、どっちでも良いから電話ちょうだいよ」
「あ、はい・・・」
坂井君はちょっと戸惑いながら返答した。妻は黙って頷く。
土曜の夜になった。
僕達3人は、子供をお義母さんに預けて酒席を楽しんだ。これから起こる事を考えると、酒はほどほどの方が良いと思いながらも、ついつい飲んでしまう。
他愛もない話やテレビを見ながらの席は2時間に及び、ようやく僕の待ち望んだ時間がやってきたのだ。
――ガチャっ
僕は自宅の鍵を閉めると、ゆっくりと歩きはじめた。
(次に綾乃に会う時には、坂井君とセックスした後なんだな・・・)
そんな風に考えながら。
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