― 第3章 妻のいる空間 ―画面の中の妻を見続けて1年あまりが過ぎた。
画面を通して彼女が野本さんに抱かれる姿は、僕に素晴らしい興奮と強い強い嫉妬感を与えたけれど、妻に「見てはいけない」と言われていたDVDを見てしまってから、僕は我慢の限界を超えた事を自覚していた。
それに、あの時の妻の乱れっぷりを見ている限り、上手く話を進めれば実現できると思ったのだ。
「今度は、3人で・・・どうかな?」
もう我慢できなかった。どうしても画面の中の時間に自分も加えて欲しかったのだ。
出来るだけ軽く誘った方が、抵抗なく了解してもらえるのではないかとも思ったが、この「軽さ」が妻の逆鱗に触れた。
それからしばらくの間、野本さんとの行為はおろか、僕達夫婦の間の性交渉すら無くなってしまったのだ。
「悪かったよ」
当然、悪いのは僕だから、素直に謝った。
それでも、僕達夫婦の間は少しギクシャクした期間があったけど、こういう時に子供は有り難いものだ。
4歳になった息子は僕の変態的企みなど関係なく、屈託のない笑顔と可愛い仕草で、やがて僕達夫婦の間を元に戻した。
野本さんへの奉仕が再開されたのは、僕達夫婦が仲直りしてから数か月後の事だった。
一度、妻を怒らせている手前、僕はなかなか「また、野本さんとして欲しい」なんて事は言いだせずにいたけれど、この頃には僕達夫婦の性行為は・・・いや、僕の性行為は野本さん抜きでは考えられなくなっていた。
つまり、野本さんが居ない場面でも「野本さんにフェラチオしている時の気持ち」や「初めて野本さんのモノをオマ○コに迎え入れた時の感触」といった話を聞きながらではないと僕は興奮しなくなっていた。
勿論、性行為そのものは物理的に気持ちが良いし、快感を感じれば射精もした。
けれどそれは、単に欲求を吐き出す行為でしかなく、僕らのセックスは急速に潤いを失っていったのだ。
僕ほどではないにしろ、妻も「セックスが盛り上がらなくなった」という程度のことは思っていたと思う。
「俺、どうしてもダメなんだ、綾乃が野本さんとエッチなことしてるのを思い出さないと興奮できない・・・ごめん・・・」
もう一度こんな事を口にすると、今度こそ妻に愛想を尽かされて離婚されてしまうかもしれない・・・チラリとそう思わないでもなかったけど、大袈裟じゃなく、この先の人生を考えると、今、リスクを負ってでももう一度、あのめくるめく興奮の時間を取り戻したかったのだ・・・僕はもう心身ともに後戻りできない変態に堕ちていた。
「もう、エッチは嫌・・・」
妻は最初、静かにそう言った。
だけど、僕の性癖についてはもう十分すぎる程に理解している彼女は泣きそうな様子で懇願し続ける僕を切り捨てる事は出来なかった。
「野本さん以外は絶対イヤだよ、それに、エッチはもうなし・・・口だけなら・・・頑張る・・・」
優しい彼女は最後にそう言った。
※※※
「いやぁ、喰った、喰った」
野本さんはメタボ気味のお腹をポンポンと叩きながら言った。
「ビール、もう少しありますけど」
そんな野本さんを見ながら綾乃が言う。
「いやぁ、もうお腹いっぱいだよ、十分、ごちそうさま」
それに対して、そう返答する野本さん。
僕達は、実に野本さんと綾乃がセックスしてから1年近くも経過した今日、久しぶりに子供を両親に預けて宅呑みしていた。
普段、僕と2人で呑みに行ったりする時の野本さんはもう少し酒が飲めるから、今日の飲酒量は彼にとってはセーブした方だろうなと思う。
それもそのはず、今日は最初から綾乃が野本さんにフェラする事が決まっている。彼にしてみれば呑み過ぎて愚息が勃起しない・・・なんて事は万に一つもあってはならないのだから。
綾乃が渋々ながら野本さんへの奉仕再開を承諾してくれた日、僕は早速野本さんにその事をメールした。
彼はかなり長い間、僕達の家に招かれなかった事で、綾乃に嫌われてしまったと思っていたから、メールを見た時はすごい喜びようで、すぐに返事が返ってきた。
そうして今日、僕らは呑んでいると言う訳だ。
綾乃は綾乃で、飲み会が終わると、今度は野本さんにフェラチオする時間に突入するのだと言う事を承知しているから、彼が「ごちそうさま」と言うと、途端に言葉数が減ってしまった。
「綾乃・・・いいよね?」
そんな彼女に僕はそっと言った。
テーブルの上の汚れた皿を重ねながら、少し間を置いた後で小さく頷く彼女。思い返せば、最初の頃は野本さんのモノを手で握らせるだけでも相当な苦労をしたものだ。
それと比較すると僕が望んでいる事とは言え、彼にフェラチオすると言うのはすごい事だ。
「野本さん、じゃあ、先にシャワーしてきて良いですよ」
僕にそう言われて、彼もやや緊張の面持ちで我が家の浴室へと向かう。久しぶりの事とは言え、もはや勝手知ったる我が家のように浴室の扉を閉めてゴソゴソと衣服を脱いでいる様子の彼。
後はカメラを渡して、僕はこの家から出て行く・・・はずだったのだが、僕には野本さんが身体を清潔にしている間に挑戦しようと思っている事があった。
(この家から出て行きたくない)
そう思っていたのだ。僕はまだ、野本さんと僕、それに綾乃で3Pに及ぶことを諦めてはいなかった。そりゃあ、一度彼女を怒らせてしまったから、すぐに「じゃ、やろっか」とはならない事は重々解っているが、最終的にそこに置いた目標はブレない。
我ながら、エロにかけるこの執念は大したものだと思う。この十分の一でも執念を仕事に傾けたなら、もう少し昇進していたかもしれないな・・・と本気で思う。
「ねぇ、綾乃~」
「ん?」
「俺、ここに居ちゃダメ・・かな?」
「ここって?」
「だから・・・綾乃が野本さんにシテる時、ここに居たらダメかな?」
「ダメ!じゃあ、しない!」
「お願い~、いつもカメラ越しばっかりで我慢できないんだよ・・・」
「そんな事言ったって、そしたら孝介に見られるでしょ・・・シテるとこ・・・」
「その・・・見たいんだよ・・・直に・・・」
「絶対ダメ・・・無理・・・それは出来ないよ」
「お願いだよ~、綾乃が野本さんにシテるところ・・・見たいよ」
「いつもビデオに撮ってるじゃない、あれ、後から見てるんでしょ?」
「それは、見てるけどさ」
「それだって、本当は私嫌なんだよ?だけど、孝介がどうしてもって言うから・・・」
マズい・・・不機嫌になってきた。
「じ、じゃあさ、見ないから・・・ウチの中に居ても良い?」
「どう言うこと?」
「ほら、前にあったじゃん、孝太の寝てる部屋に俺が居て・・・居間のソファで野本さんと綾乃が・・・って」
もうずっと以前だけど、子供を親に預けられなくて、万一、目を覚ました時のために彼の横に僕が居て、居間で野本さんに綾乃がフェラチオした事があった。
あの時は、直に綾乃が野本さんにフェラチオしている姿を見る事は出来なかったけど、行為が激しくなってきた時に、綾乃の唇から漏れるフェラチオ特有の「ブブっ」とか「ジュポっ」とか言う音を直に聞いた。
後で野本さんが撮影した映像と、直に聞いた卑猥な音を重ね合わせて、得も言われぬ興奮を得た。
僕は綾乃を怒らせないために譲歩して、今日は直に2人の行為を見る事を諦めて、自宅内で雰囲気だけでも楽しむ方向にシフトしたのだ。
「やだよ~、家の中に居るってだけでも恥ずかしいもん」
「どうして?絶対覗いたりしないからさ、それなら恥ずかしくないでしょ?」
「恥ずかしいよ~」
「なんで?見えないのに?」
「だって・・・」
「だって・・・何?」
「だって・・・音・・・とか」
さすが綾乃だ。伊達に長い間夫婦をやっている訳じゃない。
僕の浅はかな期待など完全にお見通しのようだ。
「実際に見られるよりはマシでしょ?」
それでも僕は続けた。このままここで引いてしまっては、これまで通り画面を通した綾乃の痴態しか見る事が出来ない。
勿論、それはそれで十分に興奮するのだが、僕はもう一つ上の興奮を手に入れたかったのだ。
「見られるよりはマシだけどさ・・・」
「じゃ、いいでしょ?お願いっ」
僕はひたすらお願い攻撃に出る。頼まれると断れない綾乃の性格は十分知っているし、この「お願い攻撃」で野本さんとの関係をここまで持ってきたと言っても過言ではない。
「頼むよ~、絶対に覗かない、大人しくしてるから」
「でも・・・」
「お願いっ、もう、マンガ喫茶に行くのも飽きたよ~」
「・・・・・」
「それに、ほら、少し前に近所で暴行事件あったでしょ?こんな時間に酔っぱらってフラフラ出歩くのも怖いんだよ~」
ちょっと前に、ウチの近くで暴行事件があったのは本当で、小さく新聞に載るくらいの事件になっていた。サラリーマンから金欲しさにサイフを奪うと言う、ありがちな事件ではあったけど、実際にその犯人が捕まったと言う話も聞いていなかった。
まさか自分が実際に襲われるとも思わなかったけど、僕は使えるものは何でも使ってしまえとばかりに、その事件もネタにした。
「絶対に覗かない?」
ところが、何でも言ってみるもので、この事件の事は綾乃も知っていたから「僕が襲われたら大変だ」と思ってくれたようだ。
僕は彼女のこういう優しくも天然なところが大好きなんだ。
「覗かないってば、絶対!」
「でもな~、やっぱり、恥ずかしい・・・な」
「お願いっ、絶対だから、絶対!!ね?お願い」
「いやぁ、サッパリした」
あと一押しで綾乃が陥落しそうな時、ツヤツヤとした顔で野本さんが浴室から出てきた。僕がこんなに必死に交渉しているのに、本気でさっぱりした顔をしている。
まぁ、僕はこの人のこういう打算のないところが好きな訳だけれども。
「ん?どうしたの?」
しかし、いくら野本さんでも綾乃の右手を握って、懇願している僕の姿を眼にしたら何かしら感じるものがあったようで、そう訊ねてきた。
「野本さん、俺、今日はマンガ喫茶に避難しないでこの家に居たいんです。いいですよね?」
「んっと、ちょっと恥ずかしいけど、まぁ、俺に断る権利はないし、良いけど・・・?」
顔を赤らめて何を言うか・・・と心の中でツッコみつつ、僕は綾乃の顔をジッと見つめる。
「直接見られるのは嫌だよ・・・」
「じゃあ、そこの、廊下にいるから、ね?」
「えぇ!?廊下!?」
「そう」
廊下から居間につながる扉には曇りガラスがハメられた小さな小窓がついている。ここから覗けば、もしかしたら綾乃が野本さんの股間で頭を上下させるシルエットくらいは見えるかもしれない・・・。
「近すぎるよ~、恥ずかしいよ~」
ところが扉一枚隔てたくらいではダメだと綾乃は言う。
僕にしてみれば、これでも十分譲歩した方なんだけど、冷静に考えてみれば綾乃が野本さんにフェラチオする理由なんて一つもない訳で、僕だけが譲歩するのは当たり前のことか・・・。
「じゃあ、2階に居る・・・それなら良いでしょ?」
「2階のどこ?」
「寝室・・・」
「・・・・・」
「寝室だったら、何も見えないし、ちょっとくらいの音は聞こえないよ・・・いいでしょ?」
「解った・・・」
この瞬間、今日の僕はマンガ喫茶に行かなくても良い事が決まった。そして、内心で「やった!」とも思っていた。
実はウチの造りは、綾乃と野本さんがコトに及ぼうとしている居間から直に2階へ上がる階段が続いている。階段と居間の間には扉も何もないのだ。
2階の寝室に入るには、当然扉が一枚あるが、この扉を開けてさえしまえば2階とは言え、居間と2階は「同じ空間」になるのだ。
さらに、約束を破るつもりはないが、2階と居間は半吹き抜けのような作りになっているから、少しだけ身を乗り出せば綾乃がフェラチオしている姿を上から見る事も出来るのではないかと思う。
「じゃ、俺、早速2階に行くわ、あ、野本さん、これ」
僕はいつものビデオカメラを野本さんに手渡して、大人しく2階への階段を昇った。
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