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凛 騎 応 変!

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□ その他(短編など) □

…2度目のロストバージン…

「あんたさ~…このままじゃ、一生独身、会社じゃお局様として若手社員に恐れられる人生確定しちゃうよ!?」

進藤 奈緒(しんどう なお)は自分の右隣を歩く友人に、何の遠慮もなくそう言われた。

「そんなの…確定しないよ…だって、まだ私達22だよ!?」

隣を歩く友人は、高校時代からの縁だ。元々、引っ込み思案な奈緒にとっては数少ない本当の友人だった。
だからと言って、先ほどの暴言を黙って聞き流す訳にはいかない。
奈緒は、まだ22歳なのだから大丈夫だと反論した。

「あんた、去年はまだ21だから大丈夫だって言ってたよ…そうやって気が付いたらアラフォー…ってことになりかねないって言ってんのよ」

「そんな、あたしだって…好きで彼氏作らない訳じゃないもん…」
「また、始まった…その話は聞き飽きたって…いつまで、そんな古い記憶引きずってんのよ~…世の中、そんな男ばっかじゃないって!」

友人の言った、あの話(・・・)とは、高校時代に奈緒が付き合っていた彼氏の事だった。もう友人には何度も何度もした、奈緒が男性不信に陥った原因についての話の事だ。

事あるごとに、彼氏をつくれ、合コンへ来いと言う友人には何度もこの話をしたのだが、どうもそれが彼女には伝わらないらしい。

今日も同じ話をしてやろう。
そう思っていたが、それは叶わなかった。

並んで歩く2人が、目的地に到着してしまったからだ。

「いやぁ…懐かしいねぇ~…こんなに近所なのに全然来ないもんね…ガッコなんて」

目的地…それは彼女達が3年間を過ごした高校だった。奈緒が今も暮らしている彼女の自宅からは、歩いてほんの10分の所にある。それでも、こうしてマジマジと校舎を眺める事など、卒業して以来初めてで、今日だって友人の提案がなかったら、こんな所素通りしていたに決まっている。

2人で久しぶりにお酒を呑んだ奈緒と友人は、高校の校舎の壁が塗り替えられたらしい…と言う、どうでも良い話から始まって、帰りにちょっと覗いていこうと言う事になったのだ。

「さすがに中には入れそうもないね…」
奈緒は、硬く閉ざされた校門を見ながら言った。

「最近、物騒な話多いからね~…校内に刃物持って入ってくる奴とかさ~」

確かにそうだ。
テレビでもそんな話を忘れた頃に…でも、定期的に聞く。
そんな事をする人って言うのは、やっぱり学生時代に相当嫌な思い出があるのだろうか…私のように。

「でもさ、ここん所に足かけたら何とか中に入れるんじゃない…これ」
「ちょっと、やめなよ…」

多少お酒も入って大胆になっているのだろう、校門の柵に足をかけようとする友人を奈緒は羽交い絞めにして止めた。


「あ…見つかっちゃったみたい…」
友人は突然ポツリと言った。

その声に顔をあげて、校舎へ目を向ける奈緒。
遠くの方に懐中電灯の灯りが小さく見えた。
良く見ると、その灯りはどんどんと大きくなっているようだ。

「け、警備の人じゃないの?…逃げようよ…」
奈緒は友人に向かってそう言った。

「なんで?…まだ、中に入った訳じゃないのに。それにさ…卒業生で~すって言ったら中に入れてくれるかもよ?」
「そんな訳ないじゃないっ…ほら、来たよ…行こうよ、逃げようってば…」

しかし、友人は頑としてその場を動きはしなかった。

「ちょっと…君たち…そこで何してるのかな。」

ついに警備員が校門まで走ってきてしまった。

「別に~…あたしら、ここの卒業生だから懐かしくて見に来ただけですよ~」

友人は別に悪びれた様子もなくそう口答えしている。
奈緒は、警備員に呼び止められる…と言う初めての経験に、顔を背けて無言のままだ。

「でも、今、柵を乗り越えようとしてただろ。それ以上入ったら警察に通報するぞ」
警備員は胸を張って威嚇するように真っ直ぐ友人を見て言った。

「あ…れ?…亮太じゃないの?…あんた…」

奈緒は、友人のその声にビクッと反応した。
それから、ゆっくりと顔を上げて警備員の顔を見る…。

「そうだけど…そちらは?」
警備員は突然自分の名前を言い当てられて面食らっているようだ。

だが、友人を真っ直ぐに見ていた目線を、少し奈緒の方へチラリと向けた後で、彼の表情は一変した。

「奈緒!?…奈緒だろ?…俺だよ、俺…亮太、池山 亮太(いけやま りょうた)!」
「うん…久しぶりだね…」
「そうだなぁ。卒業してから1回も会ってないもんな3年…4年くらい振りか!?」

亮太は懐かしそうに奈緒へ話しかけた。
しかし、奈緒の反応はどこかぎこちない…。
それもそのはず、奈緒の男性不信の原因となったのが、まさにこの男…池山 亮太なのだ。
まぁ、本人にその自覚はなさそうだが…。

「ちょっと~…奈緒のことは覚えてても、あたしは忘れたってか!?」

その空気を察した友人が、すぐに会話に割って入ってくれた。

「覚えてるよ~。高崎だろ~、いっつも一緒にいたよな、おまえら。まだ2人でツルんでる訳!?」
「まぁね…。あんたは何でこんなトコにいるのよ?」
「あれ?…この制服みて解んない!?警備してんの、俺」

亮太は両手を広げて、自分の警備服姿を見せながら言った。

「それは解ってるわよ。なんで、この学校にいるのかって聞いてんのよ」
「それは会社に聞いてくれよ~。俺だって、行けって言われるトコに行くだけなんだからさ~」
「ふ~ん…。ところでさぁ、あんた1人なの?」
「あぁ、このくらいの規模の警備なら1人だけど?」
「ラッキーっ!ちょっと、中に入れなさいよっ!」
「中に!?ダメダメっ…クビになっちまうよ、俺」

さすがに友人は、久しぶりに会った亮太とも難なく会話している。
たいしたものだ。対して奈緒はやや俯き加減のままで黙ってその会話を聞いているのが精一杯だ。

「ケチ~。あたしらが悪人に見えるかっちゅうの~」

どうやら、いくら知り合いでも学校の中には入れてくれなかったようだ。

「奈緒っ…もう帰ろっ。ここにいても中に入れてくんないしさ」
「う、うん…。」

2人は、敷地内に入る事を諦めて…と言うか奈緒は初めから中に入ろうとはしていなかったのだが…とにかく2人は学校を後にして家路についた。

亮太は途中まで2人が歩き去る後ろ姿を見ていたが、少しすると校舎の中に懐中電灯を照らしながら戻って行った。



※※※



「ただいま~…」
自宅の灯りが点いている事を確認した奈緒は、少し小さめの声でそう言いながら玄関を入った。

「おかえりなさい…遅かったのね…」
そう言って迎えてくれる母。

今は、23時少し前である。
22歳にもなった社会人の女性としては、そう遅い帰宅時間とも思えないが、いつも21時にはパジャマを着て自室に居る奈緒にとっては、まぁ遅い方と言えるだろう。

「お風呂…入っちゃいなさい…」
「うん…」

奈緒は母に返事をするとそのまま2階の自室へ向かった。
部屋の灯りを点けるとストンとベッドの端に腰掛け、そのままドサリと身体を倒した。
それから、白い天井を見上げて想いだす…。


池山 亮太は、高校時代は少しやんちゃな生徒だった。
今時はあまりいないが、いわゆるヤンキーと言う部類の生徒だったかもしれない。
小さなナイフなんか持っていて、自分の机に奈緒の名前を彫って先生に怒られたりもしていた。

それが何故、引っ込み思案で趣味は読書…クラスでも目立たない奈緒と付き合う事になったのか、奈緒自身も良く解らない。

ただ、時折見せる、見ためや普段の粗暴な言動からは想像も出来ないような優しさ…そのギャップに、付き合って数か月のうちに奈緒は亮太のことが大好きになっていた。

そんなだから、高校生同士の2人は、彼の両親が自宅に居ないある日、なるべくしてなるべく事になった訳だが…その想い出が奈緒の男性不信の原因だった。

考えないようにしていても、さっき当の本人に会ってしまっては、否が応にも奈緒はその事を思い出してしまっていた…。



※※※



「奈緒…こっち来いよ…」
「うん…」

あの時の私は亮太の事が大好きで周りが見えていなかった。
それに、高校生くらいになれば、こんな経験をするのも当たり前だと思っていたから、良く考えないで亮太の言いなりになってた。

散らかった彼の部屋で、亮太は私の制服を脱がすのにすごく時間がかかっていた…。

「これ、どうすんの…?」

その上、ブラジャーの外し方も解らないと言って聞いてきた。

「よ、よし…じゃ、次はスカートな…」

キスをするでもなく、自分は制服を着たままで、とりあえず私の服を脱がして全裸にした亮太。
あの時は何が普通か解らなかったけど、後になって考えるとすごく恥ずかしい…だって、真昼間から明るい中、自分だけ全裸にされて、彼は全く何も脱いでいないんだから。

「触るぞ…」

一応、亮太は触る時にはそう声をかけてくれたが、言うや否や、今と然程変わらない大きさにまで成長していた私の乳房を手でギュウゥと強く揉みだした。
男の子の手には見えないくらい、細く長い指の華奢な手…その見た目からは想像も出来ないほど乱暴に…。

「い…たいよ…」

そう言っているのに、亮太は少し力を弱めた程度で手を離してはくれなかった。

そんなだから、乳房に舌を這わすにも、恥ずかしい所を触るにも一事が万事そんな調子で、しかも途中からは興奮して血走った眼で私を見るもんだから、恐怖すら感じていた。

「痛いよ…」

全裸にされたままで身体中をいじり倒され、止めてくれる気配もない。
その上、亮太の口数はどんどん減って行って、最後には奈緒が何を言っても返答すらしてくれなくなった。

それでも、友人には「初めての時はそんなもんだ」と聞かされてもいたし「痛くても最後には幸せな気分になれる」…とも聞いていたから、目を硬く閉じて我慢した。

でも…

「奈緒…入れるからな」

しばらく声を発していなかったせいで、擦れてしまった声のまま、亮太は私にそう言った。

(ついに…)

と、亮太が避妊具を着ける間に覚悟を決めたつもりでいたんだけど…。

「いっ…痛い…痛い…痛い…っ…」

今まで経験した事もない痛み…。
こんな行為がいつか気持ち良くなるなんて嘘だ。

「ちょっ…と…動かないで…」

亮太の全部が私の中に収まったら、いきなりすごい勢いで彼が腰を動かし始めて…それが尚更痛みを助長した。だから動かないでって…そうお願いしたのに…

「こう言うもんなんだって…エッチは…そのうち気持ち良くなるから我慢しろよ」

何度お願いしても、そう言って亮太は、動くのを止めてくれなかった。

もう下半身が痛いのを通り越して、なんだか痺れすら感じてきて…それでも亮太は動くのを止めてくれなかった。

(早く終わって…早く終わって…)

眼を瞑りながら、呪文のようにそれだけを繰り返して苦痛に耐えた。
だから、亮太が小さく呻いて腰の動きを止めてくれた時は本当に嬉しかった。

「好きだぜ…奈緒…」

終わった後で、付け足しのようにそう言ってくれたような気もするけど、開放された安堵感で、よく覚えていない。

友達が言ったような「幸せな気持ち」は少しも湧いてこなくて、これからエッチの度にこんな苦痛に耐えなければならないのか…と言う不安と自分の股間に少し見える血の痕が悲しかった。

私は、あの苦痛を味わうのがどうしても怖くて、それから何度か亮太の家に誘われたけど理由をつけて断り続けた。

「なんでだよ~…今日もダメなのかよ~」

そのうち彼は、不満を口にするようになった。

「いいじゃんよ~…ヤろうぜ~」

ついには露骨にエッチをさせろと言うようになった。

亮太の事は好きだったけど、でもどうしてもあの苦痛が脳裏を離れない。
でも本人に苦痛だと言うのもちょっと…。

そうして、どうしたら良いのか解らないでいるうちに亮太は私に声をかけなくなった。

友人づてに亮太が一つ上の、ちょっと男遊びの噂が多い先輩と付き合っているらしいと言う話を聞いたのは、それからしばらくしてからだった。

(ああ…振られたんだ…私…)

そう思うと涙が止まらなかった。
エッチの時の苦痛だけは思い出すのも嫌だったけど、それ以外は本当に楽しいことばかりだった。

学校ではクラスの友達に乱暴な言葉使いをしたり、時には先生にも信じられないような暴言を吐く事もあったけど、私にだけは優しかった亮太…。
その優しさが、今は別な人に向けられていると思うと無性に寂しい。

それに、ハッキリ言われた訳ではないけど、きっと振られた原因は私がエッチをさせてあげなかったからじゃないか…そう思うと、そんな事で…と悲しくもなった。

私はエッチなんかしなくても、亮太と一緒にいるだけで幸せだったのに、彼はそうではなかったのか…。

卒業までに何度も亮太とは顔を合わせたけど、殆ど口を利く事はなかった。

それでも、ちゃんと別れを告げられた訳でもない私は、何だか消化不良な気持ちを抱えたままで、彼のことをきちんと嫌いになる事も出来ずにいた。

もうとっくに終わった話だ。
私の中では、あの苦痛な出来事はノーカウントになっていて「自分はまだ処女だ」とまで思うようにしている程だ。

それなのに…さっき久しぶりに顔を見たときの気持ちは、何なんだろう。
嫌いな人に会った時の感情とも違うし、勿論、単なる懐かしい気持ちとも違う…複雑な気持ち…。



「奈~緒~…早く、お風呂入っちゃいなさい!」
階下から呼ぶ母の声で奈緒は現実に引き戻された。

「は~い…」
奈緒は不思議な感情の正体が解らないままで、階下の浴室へゆっくりと降りて行った。



※※※



奈緒が亮太と再開してしまってから(・・・・・・・・)1週間が経った。

この一週間の間、亮太のことを全く考えなかった訳でもない。
しかし、亮太の事を考えると、自動的に最悪の想い出も脳裏に浮かぶ…。
奈緒はなるべく亮太のことは考えないように毎日を過ごしていた。

ドサッ

今日も奈緒はいつものようにお風呂に入ると、ベッドの上に倒れこんだ。
ただし、今日は金曜日だと言うのに会社から真っ直ぐ自宅に帰ってきたので、まだ22時前だ。

(寝るにはちょっと早いし…テレビでも…)

そう思っていると奈緒の携帯が軽快に鳴った。

(知らない番号だな…そのうち切れるよね…)

だが、携帯はしつこく鳴り続けた。

(眠ってから、また間違って鳴っても嫌だし…)

奈緒は仕方なく、知らない番号を液晶に表示している自分の携帯を手に取った。

「もしもし…」
「あ…あの…池山と言いますが…進藤さんの携帯ですか?」
電話の向こうからイケヤマさんと言う人の声がした。

「あ、はい…進藤ですけど…」
奈緒は、相手が解らないまま探り探り返答した。

途端に電話の向こうの声のトーンが変わる。

「奈緒!?…俺、俺…亮太だけど…」
「りょう…た…!?…」

電話の相手のイケヤマさんは亮太だった。
勿論、付き合っていた訳だから、亮太の苗字が池山だと言う事は知っていた。
だが、まさか携帯に電話が来るとは思っていなかった奈緒は、思いっきり動揺した。

「なん…で?…」
動揺を隠せないまま対応する奈緒。

「いやぁ…携帯の番号変わってなかったら良いな~と思って、思い切ってかけてみたんだ」
亮太は明るい声でそう言った。

電話越しなのに、スッピンのパジャマ姿が恥ずかしい…。

「どう…したの…?…」
奈緒は何となく「何の用?」とは聞けなくて、代わりにそう言った。

「いや…この間会ってから何か懐かしくてさ…何してるかな…と思って電話してみた」
「そう…」

亮太には何のわだかまりも無いのだろうか…。
だが、それを直接本人に言える程、奈緒は気の強い女ではなかった。

「別に…何にも…テレビ見ようかな…って…」
奈緒は正直にそう答えた。

「今、自宅なんでしょ!?…だったらさ、出てこない?」
「出てくるって…どこへ?」
「学校…俺たちの…」
「なんで?…学校なんて…」

奈緒はそう聞き返したが、おかしなものだ。
こんな時間にいきなり電話してきて、学校に来いと言う男。
しかも、その男はかつての彼氏とは言え、奈緒に男性不信に陥るような深刻な記憶を刻み込んだ男だ。
理由なんか尋ねないで、
「行かないっ!」
そう一言言えば良いだけの話なのに…。

「ちょっとさ…見せたい物があるんだよ…」
「学校に?…」
「そう、ここに…」
「ここ…って…もう学校に居るの!?」

奈緒は驚いて訊いた。
学校は、奈緒の自宅から目と鼻の先だ。
そんな所までもう来ているのか…そう思ったからだ。

「もうも何も…夕方からいるんだよ…俺…今日も仕事だからさ」
「ああ…そう言う事か…」
ホッとしたんだか何だか解らないが、奈緒はそう返答した。

「当たり前じゃん。俺以外が仕事の日なんか、中に入れないよ」

電話越しに聞こえる亮太の口調は優しかった。
2人が付き合っていた、あの頃のように優しく安堵感のある声が、彼に対するネガティブな想い出を包んで隠し、次に包みが開いた時には楽しい想い出だけが飛び出した。

「準備に少しかかると思うけど…」
奈緒の口は自然とそう言っていた。
自分でも何故だか解らないが、亮太の元へ行ってみようと言う気持ちになっていた…。



※※※



「こっち、こっちっ!!」

亮太は奈緒の姿を見つけると、少しだけボリュームを落とした声でそう言いながら手招きした。

さすがに堂々と表門を開ける訳にはいかないので、裏門から来てくれと亮太は言ったのだ。
奈緒が身なりを整えて学校へ行くと、裏門には亮太が先に来て待っていた。

奈緒は亮太に連れられるまま、宿直室と書かれた6畳ほどの部屋に入った。

(こんな時間に、こんな所に…何で来ちゃったのかな…)

ここへ向かう途中にも何度も浮かんだ疑問だが、その答えを見つけるには10分少々の距離は短すぎた。

「ヘリウムって覚えてる?…」
ペットボトルのお茶を奈緒に差出しながら、亮太は突然言った。

「ヘリウムって…ガスの?…」
奈緒だってヘリウム位は聞いた事があるが…。

「違う違う…皆にヘリウムって呼ばれてた先生いたじゃん!本名忘れたけど…」

(ああ…)

確かそんなあだ名の先生がいたような気がする…妙に甲高い声で授業をする男の先生…ヘリウムガスを吸ったみたいな声だからヘリウムって…。

「そうそう、そのヘリウムっ…あいつ、結婚したんだってさ~」
「へぇ…そうなんだ…」

亮太は、誰それ先生が結婚した…とか、誰それ先生が校長先生に昇進して他所の学校へ行ったらしい…とか、正直なところ、それ程興味のない話を続けた。

話の内容に興味は全くなかったが、それでも2人でこうしていると付き合っていた時代が懐かしく思い出される。

奈緒の中に、先日久しぶりに亮太と再開した時に感じたのと同じような気持ちが甦ってくる…決して単純に好きとか嫌いとか言い表せない不思議な気持ち…。

「あの…見せたいもの…って…」
奈緒はそんな感情を押し殺して尋ねた。

両親には、友達に誘われたから顔だけ出してくると言って外出してきたが、そうそう長居する訳にもいくまい。

「ああ…そうだな。じゃ、行こうか。」
亮太はそう言うと、やおら立ち上がった。

「い、行くって…どこに?」
「倉庫だよ…倉庫にあるんだ…見せたいもの…」

2人は並んで宿直室から薄暗い廊下へ出た。
さっきは、亮太に連れられるままにここへ来たから、あまり感じなかったが…夜の学校は不気味だ。

廊下に出ると、ひんやりとした空気が奈緒の頬を撫ぜる。
それが尚更、彼女を不気味な気分にした。

だが、亮太は夜の学校に慣れている。
懐中電灯で足元を照らしながら、奈緒と並んでどんどん廊下を進んでいく。

バシャッ…ジャ~ッ

暗闇で突然、水が流れるような大きな音がした。

驚いて立ち止まり、固まって耳を澄ます奈緒…。

それに気付いて振り返り、亮太は言った。
「ああ…トイレだよ…俺たちが卒業した後で、自動洗浄のトイレになったんだ。人が居なくても時々、勝手に流れるようになってるらしくてさ…俺も最初は…」

亮太はそう説明していたが、奈緒が驚きのあまり固まっているのを見て話すのを止めた。
それから、そっと奈緒に近づいて彼女の右手を取る。

亮太の手…懐かしい…男のくせに妙に細くて長い指…それに手を繋ぐ時に照れくさいのか、自分の表情を見せないように少し前を行き、彼女を引っ張るように歩くその癖…そのままだ。

2人は失った時間を取り戻すように、無言で手を繋いで倉庫までの廊下を歩いた。



※※※



「これこれっ…覚えてる?…この机…」
亮太は、倉庫の奥の方から、懐かしい机を持ってきて言った。

「覚えてるよ…みんな同じ机だったし…」
奈緒はそう答える。

「そうじゃなくてさ…ほら…ここんトコ…」

奈緒は亮太の指さす机の上を良く見た。
その部分を亮太が懐中電灯で照らしてくれる。

(あ……)

その机には大きく「ナオ」と彫られていた。

「これさ~…すんげぇ怒られたから、俺一目見て解ったよ。これが元の俺の机だって…いやぁ…彫ったのは良いけど、こんな真ん中に彫ったもんだからさ~…テストの時とか字ぃ書き難くてさ~。まぁ、テストなんか殆ど白紙であんまり書かないんだけど…でも懐かしいだろ?…あれ?…それとも忘れた?…なんか悪いね、こんな事で呼び出して…ん?…怒ってる?…まいったな…俺的には見つけた時懐かしくてさ~…奈緒も覚えてるかなぁって思っただけなんだけど…でも、まぁ忘れたんならいいんだ、こんな時間に呼び出して何だけど…仕事中だから送っては上げられないんだ…朝まで待たせる訳にもいかないし…どうしようかな…」
亮太は1人で一気に息継ぎもせずに喋った。

忘れる訳ない。

亮太が、いつでも奈緒のことを考えてる…学校でだって、家でだって…そう言って自宅の自分の机と学校の自分の机に奈緒の名前を彫ったこと…それをクラスの皆に見付かって、囃し立てられたこと…。

それに、亮太が照れると息継ぎもしないで一気に喋ること…。

忘れる訳がない…ずっと…好きだった。

再会した時から感じていた不思議な気持ちは、はっきりとした別れの言葉もなく亮太と離れ離れになってしまった悲しみを「男性不信」と言う言葉で蓋をして誰にも見せなかった…その事に気が付かない振りをしていた…ただそれだけ…。

「奈緒…俺…今でも奈緒のことが好きなんだ…嘘じゃないよ…」
亮太は真っ直ぐに奈緒の目を見て言った。

「ただ、あの時、どうして突然、俺によそよそしくなっちゃったのか…それが解らなかったんだ…でも、今なら解る…」
そう言いながら、亮太は奈緒の前に一歩踏み出した。

「もう一回チャンスをくれるなら、それを証明してみせる…だから…」

亮太が言い終わるより前に、奈緒は亮太に抱きついた。
彼が驚いて、懐中電灯を上に向けてしまったので、辺りは真っ暗だ。

「亮太…私だって…ずっと…」

奈緒はそう言って、顔を上げた。

「奈緒…」

亮太は彼女の名前だけ呼ぶと、自分の唇を奈緒のそれに重ねた…。
そして、彼女の身体を強く抱きしめる…。

「俺…頑張って昼の仕事探すよ…そしたらもっと奈緒と会えると思うから…だから…俺と…」

「うん…待ってる…ずっと…」

2人はまた手を繋いで宿直室に戻った。

亮太は頑張って昼の仕事を見つけてくれるに違いない。
そうなったら、仕事が終わった後にでも好きなだけ亮太と会うことが出来る…。

きっと付き合っていくうちに、また高校時代のように身体を重ねる事にもなるだろう。

だけど、もう怖くない…もしかしたら、あの時のように痛くて、辛いかもしれないけど…それでも亮太に抱かれたいから…。

いつか来るその時が、私の本当のロストバージンだ。



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Date:2011/10/16
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Comment

* 蒼生様へ

すいません。

せっかくコメントもらったのに間違って消しちゃいました^^;

とても真剣に読んで感想をもらえて、本当に嬉しいです。

確かに男性はもっとエグいのを好むかもしれませんね。

頑張って持前のエロさを作品に反映できるように頑張ります
ので、これに懲りずにまた感想お待ちしています^^

ホントにありがとう!
2011/10/17 [凛騎] URL #- 

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