散々迷った挙句、僕は課長さんと妻に関係を持たせる計画を断念した。僕にとっては苦渋の決断だった。
ネトラレ属性の身としては、妻が寝取られる状況を作りたい。課長さんは、その相手になり得る数少ない候補だったけれど、やはりどう考えても危険だと思うのだ。
お酒の勢いで、大切な妻に取り返しのつかない事態が起こってしまうとしたら、それは本末転倒で、僕の望むところではない。
だからこの計画を白紙に戻すしかなかったのだ。
しかし、僕にはまた新しい悩みが生まれていた。
(ちょっと、マジで、もう限界・・・)
そう、僕は綾乃に自分が「インポ」かもしれないと嘘をついてしまっている。僕の脳内では、課長さんと妻が関係を持ったら、それを機に「インポが治った」と話を持っていくつもりだった。
しかし、その頼みの綱の課長さんを失い、僕に残ったのは「インポ」であると言う嘘だけ。
でも、この「インポ」の嘘を利用して妻と他人に関係を持たせたいと言う計画そのものは中止したくない。
問題は、その計画を実行するのにちょうど良い相手がいないと言うことなのだ。
したがって、僕は「インポ」の嘘をつき続けるしかなかった。
インポだと言っている以上、妻を抱く訳にもいかないし、口で抜いてもらう訳にもいかない。
かといって、自分でついた嘘で欲求不満になってオナニーするなんて、なんかバカバカしい・・・。
こうして、妻が課長さんに恥ずかしい質問をされた日から、さらに2か月・・・トータルで3か月近くも禁欲生活を送っていたのだ。
(このままじゃ夢精しちゃうよ・・・ガキじゃあるまいし・・・何てこった・・・)
僕は自分自身でついた嘘で、そこまで欲求不満状態になっていた。
※※※
「あの、変な誤解されたくないから先に言うんだけど・・・」
子供を寝かせた後で、妻があらたまって僕にそう話しかけてきたのは、そんな欲求不満も爆発寸前になっていた頃だった。
「会社の男の子からメールとか・・来るかもしれないけど、別に変な関係じゃないからね」
「・・・何?どういう事?」
「だから、会社の男の子にメールアドレス教えたから、もしかしたらメールとか来るかもしれないけど、疑われるような関係じゃないからってこと」
「そんな、メール来たくらいじゃ疑わないけど・・・そうやってあらたまって言われると逆に変じゃない?」
「変じゃないってば、後でメールとか来た時に変に疑われないように先に言ったのにぃ」
「ふ~ん、でも綾乃が男の子にメールアドレス教えるなんて珍しいね」
「・・・うん」
伊達に長い事夫婦をやっている訳じゃない。何だか妻の様子がおかしい事はとっくに気が付いていた。
「何で教えたの?」
「え?」
「何でメールアドレス教えたの?」
「えっと・・・ごめんなさい」
「いや、怒ってる訳じゃないんだよ、ただ何か理由があって教えたんだろうなと思っただけでさ」
「うん・・・実はね・・・」
妻がアドレスを教えた相手。
それは、例の会社での飲み会で、課長さんに卑猥な質問責めをされている時に、2人のテーブルに割って入った男の子だった。
男の子とは言っても、20代半ばの立派な大人なのだが、まぁ僕達の年齢からすれば一回り程度も年齢が違うから「男の子」でも問題ないだろう。
「何だか、あの時のエッチなお話を聞かれてたみたいで・・・」
妻は言い難そうにそう言った。
確かに皆が酔っぱらっているとは言え、同じ部屋の中であんな話をしていれば聞いていた人がいたとしてもおかしくないかもしれない。
「それで?そのことで何か嫌な事言われたの?」
「ううん。違う違う」
妻は慌てるようにして否定した。
僕は話の続きが聞きたくて黙る。
「あの時、課長さんが私にエッチなお話してるのを聞いて、わざわざ助けに来てくれたみたいなの」
「ふ~ん、それで?」
「それだけ」
「へ?」
「だから・・・それだけだよ」
意味が解らない。
「それが、メールアドレスとどういう関係があるの?」
「直接は関係ないんだけど・・・何かそんな話の後でメールアドレス教えてくださいって言われたから何となく教えちゃった」
説明下手な妻の話は今一つ解らない事も多い。僕は仕方がなく順を追ってアドレス交換に至るまでの話を聞きだしていった。
どうやら、発端は天気が良かったので、昼食の後で1人、中庭に出た事に始まったらしい。そこへ件の男の子がやってきた。名前は岡田君と言うのだそうだ。
その岡田君は周囲に誰も居ない事を確かめると、あの飲み会の日、課長さんが妻に卑猥な話をしているのを聞いていたと打ち明けた。
ガヤガヤとうるさい中だったから、すべての会話を聞かれた訳ではないとは思いつつも、あの日の会話の内容と言えば、自分の胸のサイズだの、旦那に舐められるのが気持ち良いだの、あまつさえ旦那へ口で奉仕して口内に射精されるだの・・・とんでもない内容ばかりだ。
妻は恥ずかしさのあまり黙ってしまった。
「あの時はすいませんでした」
恥ずかしくて固まっている妻に岡田君は急に謝った。なぜ謝られるのか解らなかった妻だが、よくよく話を聞くと、上司に睨まれるのが怖くて、早く妻を助けたいと思ってもなかなか行動を起こせなかったので、その事を謝っていたらしい。
(結構、良い奴だな)
妻の話を聞きながらそんな風に思う。
「課長は酔ったらいつもあんな感じだし、慣れてるから・・・」
妻は恥ずかしさを噛み殺して岡田君にそう言った。
「聞いていたなら早く助けに来いって怒られるかと思ってました」
岡田君は妻にそう言う。
「怒る訳ないじゃない。逆に助けてくれて良かったよ。ありがとう」
「怒ってないんすか?」
「怒ってないよ~」
そんな会話が続く。そもそも妻が課長さんの話に乗って行ったのが元凶であって、ただその近くにいただけの岡田君には何の罪もないのだが、どうやら彼は妻に怒られると思っていたようだった。
「怒ってないなら、アドレス訊いてもいいっすか?」
「え?」
「綾乃さんのメルアド、教えてくださいよ」
「いいけど・・・どうしたの?急に」
「だって、綾乃さん退職しちゃうんですよね?」
「そうだけど・・・」
「そしたら、会社で誘えなくなっちゃうし。メルアド知っておきたいなぁ、なんて」
「まだまだ、半年近くもあるけどね、退職まで」
そう笑いながら話を逸らす妻。
「ダメっすか?」
それでも真っ直ぐに妻を見てアドレスを訊いてくる岡田君。僕なんかの世代では女性に連絡先を訊くなんて、ものすごく緊張したものだが、今時の若者にとっては何でもない事なのだろう。
「いいよ」
結局、課長さんから救われたと言う負い目もあって、妻は彼にアドレスを教えた。
そうして教えた後で、万一メールを僕に見られて変な疑いをかけられたらどうしようと不安になったらしい。
ここまで妻の話を聞いて僕が思った事。
勘の良い諸兄にはとっくに解っている事と思う。
(こいつは使える!)
である。
冷静に考えれば、不安材料が無い訳ではなかった。
第一に、岡田君は良い人のようにも思えるが、もしかすると妻と課長さんの卑猥な話を聞いて、綾乃をモノにしたいと思っただけかもしれない。そのためには良い人間を装うだろう。第二に、彼は若い。口幅ったいのだが、もしも妻とそういう関係になったとして、僕よりも良かったらどうしようとも思う・・・つまり・・・セックスが「僕よりもイイ」と綾乃が感じてしまったらどうしようと言う不安・・・格好悪いけど、それが正直な気持ちだ。それから第三に、彼の性癖が解らない事だ。今回は、野本さんの時と違って、僕は介入できないし、事の次第を近くで見守っている訳にもいかない。
もしかして彼が普通の性癖ではなくて・・・つまり妻の嫌がるSMのような嗜好の持ち主だったとしても、それが解った時にはすでに彼女を救いだす術はなく、妻は彼の性的嗜好に従うしかないのだ。
だけど、欲求不満状態の僕は冷静にその事を考える事が出来なかった。いや、本当は気が付いていたのかもしれないけど、もはや他の選択肢がない中で、数々の不安には目を瞑ったのだ。
「綾乃・・・相談があるんだけど」
「ん?なに?」
僕は、僕に疑われるのがイヤで、若い男の子にメールアドレスを教えてしまった事を申し訳なさそうに告白する可愛い妻に、その彼と関係を持ってほしいと切り出した。
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