「綾乃、相談があるんだ・・・」
子供が眠りについた後で、僕は出来るだけ深刻そうな表情を作って妻にそう言った。
「あ・・・うん、なに?」
その表情を見て、何となく深刻そうだなと言うのは感じ取ったらしい妻。
「俺、もう男としてダメかもしれない」
「え?なにが?どうしたの?突然・・・」
「ダメなんだ」
「だから、何が?会社で何かあった?」
優しげな眼で、心配そうに僕の顔を覗き込む綾乃の顔を見ていると、良心がチクリと痛む。
僕は、綾乃と彼女の会社の課長さんに性的な行為をさせるためにどうしたら良いかと、ずっと考え続けた。
(真正面からお願いしたって絶対に拒否されるに決まっている)
そう思った僕は、今回は真正面から妻にお願いするのではなく、彼女を騙す事にした。素直な性格の妻を騙すのは気が引けたけれど、もう僕の性欲は理性でそれを抑えきれないところまで来ていたのだ。
「会社では・・上手くやってるよ」
「じゃあ、どうしたの?何があったの?」
「勃たないんだ・・・」
「立たない?」
「だから・・・アソコが・・・勃たないんだ」
「・・・・・」
ちょうど仕事が忙しくて、1カ月あまり夫婦の性生活もなかった。僕はここ1カ月ほど、仕事を終えて帰宅したら、軽く食事を摂って眠り、次の日は早くから出勤するような生活だったから、とてもじゃないけど、妻を抱く暇なんてなかっただけなのだが、それを利用する事にしたのだ。
「アソコって・・・おちんちん?」
「・・・そう」
これまでも忙しくて性生活が無かった期間はあるし、以前、野本さんに妻を抱かせようと画策した時には意図的にそのくらいの期間、妻を抱かなかった事もある。
「つ、疲れてるんだよ、きっと」
素直な妻は、僕からの予想外のカミングアウトにあからさまに動揺している。思っている事が表情にコロコロと出るから、とても解りやすい。
「でも、今までこんな事なかった・・・」
僕はいわゆるインポになった事はない。まだ30代だし、当然と言えば当然かもしれないが、そんな経験はないのだ。
「最近、お仕事忙しそうだから・・・ちょっと休めば良くなるよ、きっと」
努めて深刻にならないようにしながら僕を励ます妻。
「もう、ここ数週間、ピクリともしないんだ、恥ずかしい話だけど、自分の手で少し弄って見たりもしたけど、全然・・無反応でさ」
「・・・・・」
「来週あたり、病院に行ってこようと思って・・・」
「病院!?」
僕の口から「病院」と言う言葉が出て、より一層深刻さが増したように感じたのか、妻は驚きの表情を見せた。
「うん、よく解らないけど、バイアグラ?みたいな薬とかもらえるかもしれないし」
「でも、そんなお薬・・・」
「けど、薬に頼らないと、もう綾乃とエッチする事も出来ないかもしれないし・・・」
「いいよ、エッチなんて出来なくたって」
「そんな・・・俺がイヤだよ」
「・・・・・」
無言の時間が過ぎる。
綾乃は少し顔を伏せて、何か一生懸命考えているようだ。
「ねぇ・・・」
「ん?」
少しの沈黙の後で、綾乃が顔をあげて言った。
「お口でしてみようか・・」
「え?」
「だから・・・孝介のおちんちん・・・お口で元気にならないかな」
「む、無駄だよ・・・そんな事したって」
無駄じゃない。インポの話なんて、僕の大嘘だ。可愛い綾乃の口で一生懸命に舐められたら、一瞬のうちにギンギンになってしまう。
「でも、私、一生懸命するから・・・ね?してみよ?」
「無駄だってっ!」
本当はインポになんかなっていない僕は、慌ててそう言った。
「・・・そっか、ごめん」
僕は慌てて「無駄だ」と言ったのだが、どうやら、妻は僕が真剣に怒って「無駄だ」と怒鳴ったのだと受け止めたようだ。
殆ど泣きそうな表情で謝る妻を見て、また少し良心がチクリとする。
「あ、いや、俺こそ、ごめん」
「・・・私、どうしたらいい?」
(来たっ!)
内心、そう思った。
※※※
野本さんとの普通じゃない性生活を失った事で、僕は以前ほど妻との性生活に興奮を覚えなくなっていた。それは本当のことだ。
(そのせいでインポになってしまったと綾乃に伝えたらどうだろう)
それが僕の作戦だった。インポである事を信じ込ませる事が出来れば、優しい彼女は何とかして力になろうとしてくれるのは間違いない。
その中で「野本さんとの行為が無くなったから興奮しなくなった」からインポになったと伝えたらどうだろうと考えたのだ。
何とかして力になろうとする彼女。
それなら、他の男と寝てくれとお願いする僕。
普通に考えたら、インポの話自体が嘘くさいし、上手くいく確率は半々か・・もしかするとそれ以下か。
しかし、ちょうど良い事に、ここ最近仕事が忙しくて綾乃とは性生活がない。その事が、インポの話を少しリアルに持ち上げてくれるかもしれない。
(ダメでもともとだ、失敗したら、その時は正直に「お願い」してみるしかないさ)
こうして僕の中で作戦は固まったのだった。
※※※
「・・・・・」
野本さんとの行為が無くなったことが、自分のインポの原因だと思うと妻に伝えた時、彼女は絶句していた。
どう言う意味での絶句なのか解らない。
予想もしなかった事態に絶句したのか、それとも自分の夫のあまりの変態ぶりに絶句したのか・・・もしくはその両方なのか。
とにかく僕には長い沈黙に感じたのだ。
「もう私のこと好きじゃないから・・・その・・・おちんちんが・・・元気ないの?」
悲しそうに言う妻。
「そんな事ないよ、綾乃の事は大好きだよ?でも、性癖ばっかりは自分でもどうしようもないんだ」
「野本さんとエッチしたら元気になるの?」
「解らないけど、たぶん・・・」
「どうして?」
「前にも言ったけど、俺以外とエッチなことしてる姿をみるとすごく興奮するんだ、綾乃のことが大好きだから興奮するんだよ、嫉妬って言うか・・・すごく強いヤキモチって言うか・・・そんな感じなんだ」
「私だったらイヤだけどな・・・孝介が他の女の人と・・その・・エッチとか」
「普通の人はそうかもしれないけど・・・ごめん」
「・・・・・」
また長い沈黙に陥った。僕は妻の反応をチラチラと見ながら、落ち着かない時間を過ごす。
「1回だけ・・・野本さんにお願いしてみる・・・?」
綾乃なりに最大の譲歩だったろうと思う。自ら、僕の為に「1回だけ野本さんとエッチする」と言うのだ。それも自分からお願いして野本さんに抱いてもらおうと言うのだ。
(野本さんに抱いてくれとお願いする妻の姿・・・)
それはそれで、ものすごく興奮するんじゃないかと思うが、今の目的はそこではない。
「野本さんは彼女が出来たから、きっともう俺たちとはしてくれないと思う」
勇気を振り絞って提案した妻の覚悟を一蹴する僕。ヒドい男だ。
「そっか、そうだよね・・・彼女さんにも悪いよね・・・」
自分のことよりも、野本さんの彼女のことを思いやる妻。優しい女だ。
自分がヒドい男だと言う自覚もあったし、妻が優しい女だとも思ってはいたけれど、それでも僕は自分の性癖を曲げる事は出来ないことと自覚していた。
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